第4回 佐賀県「ひびの」 ―メディア志向の地域SNS(月刊『広報』連載コラム 「人をつなぐ」地域SNS ~各地の地域SNS活用術)

自由参加で大規模、ゆるやかなつながり
前回は、「町内会や商店街のような狭い地域」を対象とする地域SNSの代表例として、西千葉の地域SNS「あみっぴぃ」を紹介した。招待状がなければ「あみっぴぃ」には参加できないが、ユーザーの間には地域通貨の取り組みやさまざまなオフライン活動を通じた強い信頼関係があり、オフラインの関係を補完する役割をSNS(オンライン)が担っていた。「あみっぴぃ」は地域SNSと地域社会の関係についてのひとつの典型であるといえる。
それに対して今回紹介する佐賀県の地域SNS「ひびの(http://www.saga-s.co.jp/)」は、佐賀県という広い地域を対象とし、誰でも自由に参加することができ、大規模でゆるやかなつながりを作っている。その意味では、「あみっぴぃ」とは別の(ある意味では「対極」の)典型である。
「ひびの」は、2006年11月からSNSサービスの提供を開始した佐賀新聞社のサイトで、佐賀新聞のニュースとSNSのコミュニティ、生活情報のページから成り立っている。SNSのユーザーは過去の特集記事などを閲覧するサービスも同じIDで利用することができる。運営は、佐賀新聞社のデジタル戦略チームが担当している。
「ひびの」のユーザーは8387人(2008年3月現在)で、全国の地域SNSの中で最も多い。また他の地域SNSに比べて女性の割合がやや高い(約40%)のも特徴で、これはSNSのスタート時から、県の子育て支援事業と連携して情報交換のコミュニティを設けているためだと考えられる。子育てをしている30代前後の女性がコアユーザーになっていて、「食育」など子育てに関するテーマのコミュニティが活用されていたり、携帯電話からのアクセスが多かったりする。地元スーパーと連携したコミュニティで、タイムサービスの情報がスーパーから投稿されていたりするのも興味深い。
図:「ひびの」画面
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地方紙とネットコミュニティ
地方新聞による地域SNSの運営では、佐賀新聞社が先駆者だ。他には、河北新報(宮城県)の「ふらっと 」や新潟日報(新潟県)の「アメカゴ.net 」などがある。
新聞社がネットコミュニティの運営に乗り出した背景には、インターネットの普及などにともなう「新聞離れ」がある。佐賀新聞の購読数は、ここ数年14万部程度で横這いを続けているが、他の地方紙は購読数が減少しており、佐賀新聞も将来的には減少していくと考えられている。そのため佐賀新聞社は早い時期から、広告やウェブサービス開発、インターネットサービスプロバイダ等のビジネスに進出してきた。SNSも、このような積極的な取組みの一環として位置づけられる。新聞社が読者個人とつながるということはこれまで無かったことだ、と「ひびの」の運営を担当している牛島清豪氏は述べている。牛島氏によると、新聞社はこれまで、新聞が家庭へ宅配された後にその家族のうちの誰が実際に新聞を読んでいるのかということを把握していなかった。だがSNSや携帯電話のような情報技術を活用することで、新聞社が個人とつながることができるようになった。このように、さまざまな形で新聞社と地域社会との関係を深めていくことが目指されている。
 新聞社とネットコミュニティという組み合わせでは、一般の人々がニュースを書く「市民記者制」や「市民ジャーナリズム」という考え方もある。市民記者制とは、プロのジャーナリストではない一般の人が書く身近なニュースを集めるやり方だ。2002年の韓国大統領選挙で盧武鉉氏が当選した際に、市民記者制をとるインターネット新聞「OhmyNews」が保守的な既存の新聞社と対立する「進歩派」言論の拠点となって注目を集めた。
だが、佐賀新聞社が考えていることはそれとは異なる。牛島氏は、「メディアとしての地域SNSは、“瓦版”のようなものである」と例えている。瓦版では、誰かが情報を収集し編集して人々に伝える。すると集まってきた人々に口コミが生まれて、情報がさらに伝わっていく。このような「情報の流れ」があるとすると、現在の新聞紙が担っているのはその最初の部分だけだ。地域SNS「ひびの」は、瓦版のような、情報が流れ循環する環境を目指していると牛島氏は述べている。
そのため「ひびの」では、運営者としての佐賀新聞が前面に強く出ることはほとんどない。ユーザーも記者も自由に交流や情報交換をしている。コミュニティで読者に感想をもらっている論説委員や写真記者がいたり、ユーザーの投稿から新しいネタを見つけて取材に行く記者がいたりする。「ひびの」ユーザーと記者の関係は、競合的ではなく、同じグラウンドで地域情報のキャッチボールをするような関係だといえるだろう。
もちろん、ひびのは佐賀新聞本紙ともしっかり連携している。「ひびの」の話題を載せる「週刊ひびのタイム」のコーナーは毎週土曜日に掲載され、SNSのコミュニティや日記で話題になっていることを紹介したり、生活情報ページの新着情報を紹介したりしている。
メディア志向の地域SNS
「ひびの」では、2007年11月にAMラジオ局と共催で「ひびのフェスタ」を開催するなど、ユーザー同士が実際に顔を合わせるイベントの開催にも取り組んでいる。ひびのフェスタには、1500人の参加者が集まり、盛況であった。
図:「ひびのフェスタ」の様子(佐賀新聞提供)。
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だが他の事例と比べて顕著な「ひびの」の特徴は、ユーザー同士のゆるやかなつながりの場であり、「情報の流通」に対する意識が強いということだろう。いわば、「メディア志向の地域SNS」である。
2007年7月から8月にかけて佐賀県で行われた高校総体では、SNSと連携したミニブログ による応援サイト「そーたいっ!ひびログ」を運営するなど、「ひびの」は新しいCGM(Consumer Generated Media)サービスの活用にも積極的に取り組んでいる。地域においてどのような情報流通の場をつくり、どのようにメディアと連携させていくのか。「ひびの」の発展の方向性は今後も注目される。