発展途上国の送金サービスと地域社会

世界には発展途上国を中心に「アンバンクト」とよばれる人々が多数存在しています。「アンバンクト」は低所得者や移民などの理由により金融機関における信用が足りず、銀行口座を開設することができない人たちのことを指します。結果的に彼らは金融サービスにアクセスすることができず、例えば出稼ぎ労働者が家族へ送金する際など非常に不便がありました。 こういった人々たちのために、ICT企業が銀行の代替となるサービスを提供する動きが広がっています。

具体的な事例としてまず「M-PESA」を紹介します。「M-PESA」はイギリスの携帯電話会社Vodafoneの子会社であるケニアのSafaricomによって、2005年にまずは貧困層向けの小口融資のサービスとして開始されました。その後、ケニアの人々によって本来の使い方とは異なる送金の手段として多く利用されたことから、2007年に送金サービスとして再リリースされました。この送金サービスは、スマートフォンではなく、いわゆるフィーチャーフォンを使って利用するもので、本来携帯番号などを記録するSIMカードに金銭を取引する際に必要な情報のすべてを記録します。送金する人は手数料と送金額をSafaricomの代理店にまず払います。そしてSIMカード上のアプリケーションで送金相手の電話番号を宛先にし、送金額を指定してショートメッセージを送信します。受取人はメッセージを受け取った後にSafaricomの代理店でその画面を提示すれば、現金を受け取れます。

By Raidarmax (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

By Raidarmax (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

ケニアでは住居間の距離が離れており、インターネット固定回線が普及していないため、2013年度の都市部での携帯電話保有率は約84%と高く、誰でも持っている携帯電話を通じて気軽に金銭のやり取りができることが、「M-PESA」がケニアの人々に広く受け入れられた一因と言えるでしょう。さらに、その利便性の高さから、「M-PESA」を現金に換金することなく残高のみをやりとりするという使い方がケニアでは主流となっており、WIREDによると、2015年のケニアのGDPの45%が「M-PESA」で決済されたといいます。また、近年では教会への寄付や電気代の支払い、花嫁の持参金の支払いも「M-PESA」で行えるまでになったとのことです。

「(M-PESAで)サダカ(教会への寄付金)を教会に行くことなしに快適なリビングから簡単に払うことができる」 (出典:anto Fazul氏のツイートより)

「(M-PESAで)サダカ(教会への寄付金)を教会に行くことなしに快適なリビングから簡単に払うことができる」
(出典:anto Fazul氏のツイートより)

ケニアでの大成功を受けて、「M-PESA」は徐々に利用可能な国を拡大しました。アフリカのケニアで運用が始まった後、タンザニア、南アフリカ、エジプト、モザンビークに広がりました。アジアでもアフガニスタン、インドに進出し、近年ではルーマニアやアルバニアなど東欧にも進出しています。

ケニアでは、女性が事業主として農業や酪農の仕事を行い、商品販売まで手掛けることが多くあります。これまで金融サービスを受けられなかったアンバンクトな女性が「M-PESA」を利用して起業をしたり、もともと行っている事業の拡大をしたりすることができるようになりました。そのような事情もあってか「M-PESA」はユーザーの55%を女性が占めています。また、これまでには統計に表れていなかった非公式経済の大部分が公式経済に切り替わり、ケニア政府はGDPを上方修正することができました。

同様の送金サービスは、発展途上国を中心に世界各地に続々と誕生しています。 インドでは「Triotech Solutions」というモバイル送金サービスが運用されています。これは口座を持たなくても郵便局間で資金のやり取りができるというもので、都市部と地方の両方で利用できる国内唯一の送金サービスだそうです。送金する人は郵便局で振込時にアプリに送金者と受取人の電話番号を入力することで、受取人にコードが届きます。受取人はコードを郵便局で提示することで、送金した現金を受け取ることができます。

また、カンボジアでは、クレジットカードの普及率が低いのですが、その代替として「Wing」という決済サービスが普及しています。「Wing」とは、あらかじめ窓口やATMでチャージしておくことで、携帯電話で送金や各種料金・代金の支払いが行える電子マネーサービスという側面も有していますが、給与の支払いや個人間での金銭のやり取りなど送金サービスにも活用されています。クレジットカードは発行するにあたり信用情報がチェックされますが、「Wing」は発行に携帯電話とIDカード、手数料としてかかる2.5ドルのみですぐに発行できるという手軽さがあります。すでに町の多くの商店等でも利用でき、昨年は15億ドルの取引がされました。一般向けの送金システムがなかったころは、送金手段は手渡しするほか方法がなく、時には車で長い時間移動して送金相手に会う必要もありましたが、「Wing」のおかげで改善されました。

今回紹介した3つ以外にも、モバイル送金サービスは多数あります。WIREDによると2015年では世界に261種類あり、発展途上国の6割で利用可能となっているようです。これらのサービスはいずれも銀行網の未整備なところで広く受け入れられており、既存の金融機関を使えない人達に対してICT産業がその解決策を提示しているという事例でしょう。

日本では銀行網が未整備なところはほぼなく、またアンバンクトな人も少ないため、ケニアの例と同じような大変革が起きるとは考えにくいです。しかし、より柔軟な支払いや送金、融資のプラットフォームがICT企業の主導によって整備されていくことで、従来型の銀行融資を受けることが難しかった、自発的なプロジェクトや市民活動などが行いやすくなっていくかもしれません。

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